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インドの名物オートリキシャとこの国の文化について

インドにはリキシャと呼ばれる乗り物がある。
リキシャとは日本の人力車から由来しているが、もちろん人が籠を牽いたりしない。
自転車で運ぶものをサイクルリキシャ、バイクのものをオートリキシャと呼んでいる。

オートリキシャサイクルリキシャ

このオートリキシャだが基本的にメーターがあるのだが、ほとんど、特に外国人には使われていない。
つまり、交渉制ということだ。

この交渉が曲者で、日本人はインド人より倍請求される。
仮に50ルピーのところを100ルピー請求される訳だが、日本円にして300円。
15キロの道のりがたったの300円だと考えると、まぁ、いいかと思うけど、カモにされたのが癪に障る。
もっとひどいのは頼んでもいないお土産屋に連れて行かされる例だろう。
聞くところによると、その店と提携していて日本人を連れて行くと紹介料が貰えるらしい。
たいていの日本人は皆、何処に訴えていいのか分からず泣き寝入りすることになる。
それは本当にひどい話だと思う。

しかし、先日、オートリキシャに乗っての帰り途、目の前の坂道を自転車で荷車を牽いてのぼる老人がいた。
すると、このオートのドライバーが足を外に出して、老人の荷車の後部に足を添え、押しだしたのだ。
客席で驚いていた私にも、振り返った老人が感謝の笑みを向けた。
今もその老人の感謝の笑顔が忘れられない。

その日の支払は80ルピー、本来の倍の請求だった。
そのことを知っていたにも関わらず黙って100ルピー札で支払い、その上なぜか釣銭を受け取る気にならなかった。

日本のように明確な貧富の差がない国では、慈善というものは売名行為でネガティブなイメージで世間から受け止められる。
良く言えば、それだけ皆生活に満足している証拠だろう。
しかし、この国は違う。皆が生きることに必死なのだ。
それを日々肌で感じつつも、施しにはやはり日本人の自分は軽い抵抗を感じてしまう。

その時釣銭を受け取らなかったのは、そのオートリキシャワーラの生身の人情に触れたことで、自分も温かな気持ちになったことへの自然な感謝の気持ちだったのだろう。
“あるものからないものへ”
そんなシンプルな行為にも戸惑いと複雑な感想を抱きつつ、この国を奥深いと思う。

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