とは言っても昭和17年の最新版。
古地図好きやバンコクマニア必携の地図です。
昭和17年頃といえば、日本とタイが攻守同盟を結びバンコクでも戦時色が強まっていた頃。
地図内にも、日本海軍武官室や日本陸軍武官室という記載が見受けられます。
日本人が急激に増加し、地図内のあちらこちらに○○物産社宅があり、○○貿易、○○洋行、○○商店と言った、商社の進出が読み取れます。
当時の商業の中心地は、チャルーンクルン通りから東に延びるシィーピヤー(シープラヤー)通り、スリヲング(スラウォン)通り、シーロム路。
今とは逆に西側の方が栄えています。
シーロム通りは真ん中が運河になっており、ラーマ4世通りに沿って、フアラムポーン運河がクローントゥーイ運河が延びています。
また、クローントゥーイ運河に沿って、サラデーンパークナム電鉄が走っており、フアラムポーンと現在のサムットプラカーンを結んでいました。
電化されていたのは一部のようですが、BTSがタイ初の電車ではなかったのですね。
鉄道では、メクロング(メークローン)鉄道の終点は、ウォンウィエンヤイではなく、チャオプラヤー川まで延び、パドゥン・クルンカセーム運河の河口の対岸にはチャオプラヤークラボン軽便鉄道なんて記載も。
そもそもバンコクの地図が縦長。
スクンビット通りなんて記載もあるはずもなく。
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